リゼのドラフト列伝

プロ野球のドラフトを振り返ったりドラフト予想をしたりします。ドラフトを研究するとチームの今が見えてきて楽しいです。

プロ野球 2008年ドラフトを振り返る セ・リーグ編

こんにちは、今回はプロ野球ドラフト、2008年を振り返ってみたいと思います。

これはあくまで僕の持論ですがドラフトは指名から5年で仮評価、10年で評価を確定させるというのがあるべき姿だと思ってます。

よくドラフト後に点数を付けて評価をしている人が居ますがあれはチームの補強ポイントに則しているかや目玉選手が取れたかなどで判断しているため、最終的な評価とは真逆のケースが多いです。

絶賛されたドラフトで大コケ、低い点数だったドラフトが大当たりだったり思うように行かない、これがドラフトの醍醐味であり楽しみの一つだと考えています。


前置きが長くなりましたが2008年にスポットを当てていきます。
前提としてですがこの年は俗に言う「不作年」です。1位候補が少なくかなり難しいドラフトだったと言えます。
そのため悲惨な球団が結構居ますがあまり気にせずいきます、前評判を考えたら妥当です。


そんな中で各球団がどんな戦略に出たのか、またセとパで差があったのか等を見ていきましょう。

*順番は2008年ペナント順位の下から行きます



[横浜ベイスターズ] *2008年度6位

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阪神との競合の末、早稲田の松本啓を獲得、走攻守3 拍子揃った即戦力外野手として期待されますが1軍で放ったヒットは9年間でわずか119本と振るわず仕舞い。

正直今をもっても何故1位候補になっていたのか謎な選手で、この年の凶作さが表れてます。



2位で東邦ガス藤江投手を獲得、当時の苦しい投手事情を考えれば即戦力として期待されました。


1.2年目は微妙でしたが11年には47試合で防御率1.58、12年には52試合で防御率3.26と苦しい投手陣の中で主戦級の活躍を見せました。

しかしその後は勤続疲労の影響からか登板数を減らし14年オフで戦力外通告

その後楽天にトライアウト入団をしますが結果は残せず7年間の現役を終えました。


一時期はセットアッパーとしてチームを支えただけにそれが継続しなかったのは残念でしたがこの年の指名選手を鑑みれば戦力になっただけでも当たりでしょう。



3位は内野手、山崎憲晴選手を獲得。

内野の便利屋兼、シャープな打撃がウリでした。14年にはレギュラーを掴みかけましたが終盤の守備固めや代走起用が増え、15年には極度の打撃不振に陥り、出場数は激減。


17年オフに戦力外を受け、トライアウトで阪神に入団したがファーストの守備で落球など守備面でも精彩を欠き19年で2度目の戦力外となった。(現在は阪神のスコアラー)



4位では当時2つ下の斎藤佑樹らをリードした早稲田の細山田を獲得。

当時の正捕手、相川がヤクルトへFA移籍したため1年目から期待されたが打撃で苦しみ打率は1割台と低迷。


2年目以降も打撃面でアピール出来ず

12年から3年間は1軍出場なしの育成選手としてなった。


15年にホークスと育成契約すると1軍の捕手陣が相次ぐ怪我というアクシデントも助け、支配下登録された。

しかし同年限りで戦力外に、その後はトヨタ自動車に進み、正捕手として都市対抗連覇に貢献するなどアマチュア球界で飛躍した。



5位の小杉投手は本格派の触れ込みでしたが技巧派にマイナーチェンジ、8年間居ましたが活躍はできませんでした。


正直、友利コーチに変化球ばかりで逃げ腰の際に胸に喝を入れられた記憶しかありません。



(総評)

藤江を除いてほとんどが戦力になれずその藤江も短い期間だったこともあり厳しいドラフトになりました。


レギュラーを掴みかけた選手もいましたが定着には至らず。






[東京ヤクルト] *2008年度5位

1位の赤川投手は高卒3年目に6勝、4年目には8勝と規定投球回到達など順調に育ってきていましたが以降は成績不振に陥り15年オフで戦力外になりました。

球持ちの良さとスタミナがウリでしたが球威不足感は否めず8勝した12年のストレートの平均球速は137キロ、空振り率3.6%と厳しいかったのは否めません。


2位の八木投手は赤川投手とは逆に速球の威力が武器でしたが制球力に難がありそれに悩まされました。

2年目には13敗しながらも5勝、3年目には5勝6敗と成長は見られましたが以降は下降路線で16年途中オリックスに近藤とのトレードで移籍しますが同年戦力外となりました。


3位の中村捕手は強肩がウリの高卒選手として入団し4年目からレギュラークラスの活躍を見せます。
15年には規定打席に到達、ベストナインゴールデングラブ賞石川雅規と最優秀バッテリー賞を獲得するなど14年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献しました。

現状でも正捕手としてチームを支えており大当たりでした。

4位の日高投手は小さいテイクバックから小気味の良い投球がウリの左腕です。

4年目に66試合に登板し防御率2.98と中継ぎでフル回転を見せた。
はっきり言えば酷使で5連投を記録、小川監督の投手起用には疑問が残った。

以降は肘の靭帯断裂などで成績不振となり
14年途中トレードでソフトバンクに行くものの結果は出せず戦力外となった。


5位の新田捕手は正直あまり記憶にありません。相川をFAで獲得するほど捕手に貧窮していたため1年目から使えそうな捕手ということで獲得したと思います。

3年間で目立った成績はなく戦力外となりました。

育成ドラフトは失敗、支配下登録された選手は居ませんでした。

(総評)
中村捕手が大当たりでチームの主力に成長したため当たりドラフトに。
全く活躍出来なかった選手は1名のみとヤクルトにしてはマシなドラフトになりました。

とは言え1.2位は伸び悩み、4位は酷使で潰してしまい投手育成は現在の投手崩壊を匂わせる内容でした。



[広島東洋カープ]* 2008年度4位

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育成選手ドラフト
1位松田翔太投手金沢学院東高入団

1位では地元出身、亜細亜スラッガー、全日本でも4番を打った岩本外野手を単独指名。当時慢性的な長打力不足に悩まされていたカープには願ってもない指名だった。

背番号は10で金本2世としての期待は非常に高かった。

2年目には14本塁打と片鱗を見せたが以後は苦しみ19年で戦力外、引退となりスコアラーで広島に残った。
結局プロ11年で31本と対応力に課題を残し戦力になりきれなかった。


2位では広陵の中田投手を指名。
189センチの大型右腕で主にリリーフで活躍。
14年には66試合、17年には53試合とフル回転するなど一定の活躍を見せている。
しかし良い年と悪い年の差が大きく近年は調子を崩している。


3位の小松投手は1年目こそ5勝を上げましたが以降は勝ち星なし、11年.12年は1軍出場がなく育成契約となり13年オフに戦力外となった。
現在は球団広報として広島に残っている。


4位の申内野手は入団テストで合格し指名された選手です。
内野ならどこでも守れる器用さと長打力がウリでしたが1軍出場なしで13年に戦力外に。

以降は母国の韓国球界に行きました。

育成ドラフトは失敗しました。支配下登録されてません。


(総評)
期待値の高かった岩本選手が振るわず3位の小松投手も微妙でかなり厳しいドラフトでした。2位の中田投手は現状で生き残っていることを考えれば当たりですが今年ダメなら危ないラインなのも事実、総合すると微妙な年でした。



[中日ドラゴンズ] *2008年度3位

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育成選手ドラフト
1位加藤聡外野手大阪産業大学入団
2位小林高也外野手東京弥生クラブ入団
1位で楽天との競合の末、野本圭外野手を獲得。走攻守3 拍子揃った即戦力として層の薄かった外野手の枠を埋めたかったが打撃で苦しみレギュラーには至らず。

年々出場試合数を減らし一時期は代打要員として活躍したが18年に引退、現在は中日のスカウトをしている。


2位では地元出身の大型右腕、伊藤準規投手を指名。
長身のイケメンでファン人気は高かったが度重なる怪我とランナーを背負ってからの投球に課題があり飛躍には至っていない。

17年にはリリーフで39試合と活路を見出したかに思われたが再び故障で戦列を離れた。
正直地元の高卒で無ければとっくに戦力外になっている選手。


3位では内野の便利屋、岩崎恭平内野手を指名。1軍では荒木、井端、森野の牙城を崩せず14年途中からはオリックスに移籍。

移籍後も目立った活躍はできず17年オフに戦力外となった。
18年以降は日立製作所で野球を続けている。


4位は高島投手を指名。150キロを超える速球が魅力だったが制球に大きな課題があり1軍登板はわずか1試合のみで防御率は45.00。

12年に戦力外となった。


5位では地元出身の岩田投手を指名。
7番で起用されるなど打撃センスに優れ野手転向も視野に入れた指名だった。

ナックルを彷彿とさせる無回転フォークを始めとした軟投派。
12年には5勝、防御率2.74とまずまずだったが以降は下降路線、ストレートの球威不足が課題だったが克服は出来なかった。

16年に引退、17年以降は投手コーチやスコアラーなどで球団に残っている。



6位では小熊投手を指名。
13年に28試合、防御率2.30で頭角を表すと16年には5勝で防御率2.80とまずまずの内容を見せた。

現在まで生き残っているとは言え実績としては可もなく不可もないラインで良い年が続かないのが課題か。


7位ではこれまた地元出身の井藤外野手を指名。185センチの大型外野手でしたが途中育成契約になるなど苦戦。
13年の4試合出場に留まり安打0のまま、14年オフに戦力外となった。

育成ドラフトは失敗、支配下選手は出ませんでした。


(総評)
生き残りはいるものの主戦力になった選手がおらずかなり苦しいドラフトだった。
改めて見ると地元贔屓の指名がことごとく失敗しており現在の低迷に少なからず影響しているドラフトだろう。



[阪神タイガース] *2008年度2位

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育成選手ドラフト
1位野原祐也外野手富山サンダーバーズ入団
2位吉岡興志投手常磐大学入団
3位藤井宏政内野手加古川北高入団
松本啓を抽選で外し、野本圭を外した楽天との競合の末、藤原投手も外しての3度目の1位入札となった。
日本のプロ野球に台湾出身選手がドラフトされるのは初のことで蕭投手は第一号選手である。

制球が自慢だったがそもそも1位指名に疑問の声が尽きず実際には140キロギリギリのストレートに良くも悪くもないコントロールで散々な内容。
1軍では通算2試合の登板に終わり、勝ち星は0、12年オフに戦力外通告

13年にホークスと育成契約を結ぶが同年再び戦力外となり台湾球界に戻った。


2位では柴田外野手を獲得、足の速さとシャープな打撃をウリとしたが当時の強力な外野陣に食い込めず出場機会は少なかった。

大和や俊介らとレギュラー争いをしますが打撃で存在感を示せず、12年には守備で満塁からイージーフライを落球し走者一掃を許す失態を犯すなど精彩を欠いた。

15年オフに戦力外となり16年からは入団テストを受けたロッテに在籍。
しかし結果は残らず17年オフに2度目の戦力外を受け引退した。
現在はタイガースアカデミーの指導者として古巣に戻った。



3位で早稲田の上本内野手を指名。
足の速さと堅実な守備が魅力だったが、プロ入りから4年は度重なる怪我に悩まされ、出場は少なかった。
しかし14年にブレイク、初の規定打席到達など飛躍した。この年から16年までは選手会長を務め名実ともにチームの顔となった。

15年、17年とセカンドのレギュラーとして活躍するなど同期唯一の生き残りも納得の結果。
近年は怪我の影響や若手との起用が被る、安定しない起用法で出場機会を減らしているがもう一花咲かせて欲しい。

ちなみに守備面は14年にリーグ最多の17失策など打ってどうにかするタイプのセカンドでした。



4位の西村投手は2年の2010年に65試合に登板、リリーフで7勝を挙げる大車輪の活躍を見せた。また投手でありながら外野手出場を果たすなど身体能力の高さも垣間見えた。

しかしその1年で燃え尽き14年オフに戦力外となった。
以降はBCリーグを経て社会人野球でコーチをしている。

育成ドラフトは3人とも支配下には至りませんでした。


(総評)
3位の上本選手が当たり、4位の西村投手も1年とはいえチームに貢献しただけマシな部類。総合したらこの年の中なら良い方。
逆に1.2位で弾けてしまい悲惨な内容に。
凶作年の外れ外れ1位は想像以上に厳しいですね。




[読売ジャイアンツ]*2008年度優勝

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1位では東海大相模大田泰示内野手ソフトバンクとの競合の末に獲得。原監督が抽選のくじ引きを当てたのはこれが最初で最後です。
元々は進学希望でしたがソフトバンク王監督の言葉でプロ入りを決意、高校通算65本の本塁打を打った右の長距離砲として期待され、背番号55を背負うなど将来性を買われていました。

1年目から注目を集め、2軍では17本と十分な活躍を見せ片鱗を覗かせた。

しかし2年目以降は1軍で出場機会に恵まれず俗に言う「2軍の帝王」と化した。三振数が飛び抜けて高く、守備面で不安が残るなどがあり、足の速さと肩の強さを活かす意味でも外野手転向を経験した。
三振に関しては元々フリースインガーではあったが、原監督が見逃し三振を嫌うため追い込まれると多少ボール気味でも手を出してしまうようになったのも原因の一つ。

2軍では「背番号を返せ」などの野次やOBの目にも悩み、背番号を13年オフで44に変更した。

14年は出場機会に恵まれなかったが15年に自己最多の60試合出場など徐々に活躍したが
16年オフにトレードで日本ハムに移籍。
当時、原政権ではなかったためGMが「トレードに出してくれた」という表現が正しい。

開幕こそ出遅れたが初の規定打席到達と15本のホームランを記録、巨人の8年間で打った9本を日ハムの1年間で上回るという飛躍で苦労が報われた。

以降も若干のスペ体質はあるものの順調に成績を重ね、19年には20本到達とオフに1億プレイヤーになるなど正にトレードで人生が激変した良い例と言える。


2位では宮本投手を指名、多彩な変化球が武器の大型左腕だったが1年目オフから育成契約になると以降支配下に上がれず、12年オフで戦力外となった。1軍登板はまさかの0。

19年に同期の笠原が活動するチャンネルで久々に登場したが、後に風営法違反で逮捕、この年は笠原を含めて2人犯罪者が出てしまい、巨人にとっては黒歴史ドラフトだろう。


3位では斎藤投手を指名、大型右腕だったが右肩の脱臼から右肩損傷と怪我に苦しみ、育成落ち、12年オフに戦力外となった。
1軍登板は0だった。

以降はプロ野球復帰を目指したが右肩は癒えず断念。高校野球のコーチなどをしている。


4位は橋本到外野を指名。
俊足と強肩が魅力で守備能力を高く評価されていた。
14年には103試合に出場するなどレギュラーを掴みかけたが以降は打撃面で後退し、陽岱鋼や石川慎吾の加入もあり出場機会は減った。

18年は怪我の影響でプレー自体難しくなり、
オフに金銭トレードで地元仙台の楽天に移籍。怪我は癒えたがめぼしい成績は残せず19年オフに戦力外となり、プロからのオファーがなかったため引退した。
現在はジャイアンツアカデミーの指導者として巨人に復帰した。



5位では笠原投手を指名。父親もプロ野球選手の野球一族で191センチの超大型投手として一定の試合数に登板。同期が1軍登板0の現実は見ればかなりマシな方だった。

13年には4勝、防御率3.33とまずまずの結果を残し、以降も防御率は悪化したがロングリリーフもこなせる投手としてそれなりに投げてはいた。

しかし15年オフに有名な野球賭博問題が発覚しチームメイトの福田、松本竜らと共に関与が発覚し解雇、無期限の失格処分とされた。

特に笠原は賭博の斡旋や賭け麻雀にバカラなど悪質性が非常に高く情状酌量はなかった。

警察に逮捕され懲役1年2か月など問題児にもほどがある。よみうりランドにあった自身の手形は撤去され、巨人の黒歴史認定と相成った。

現在はYoutubeで活動している。


6位では仲澤内野手を獲得、大学通算117本の広角な打撃が魅力だったが巨人時代は1軍出場0に終わった。
その後12年オフにトレードで楽天に移籍、
初出場に初ヒットを記録するが以降は活躍できず14年オフに戦力外と相成った。

現在はジャイアンツアカデミーの指導者として巨人に復帰している。


育成ドラフトは3位の山本内野手支配下を勝ち取るなど成果は見せた。
巨人では1軍出場がなかったが12年オフ、トレードでオリックスへ移ると開幕1軍を勝ち取り96試合に出場するなど飛躍を遂げた。

しかし打撃面で苦しみ、守備では古巣巨人戦でなんでもないショートフライを落球するなど課題を残した。
結局15年オフに戦力外となりオファーがなかったため引退。

以降は指導者の資格復帰を果たし16年から母校で監督を務めている。


(総評)
巨人での貢献度では橋本が1番だが主力には至らず。大田は日ハムで主力に成長したが巨人では戦力になり切れなかったため「巨人のドラフト」という定義では失敗。

また2位と5位で犯罪者を生み出すなど選手の能力以前に素行を見抜く目を疑うようなドラフトとなり、この10年で見ても屈指の暗黒ドラフトだろう。巨人の黒歴史ドラフトとして語り継がれる酷い内容。

ちなみにこの年、巨人は優勝していることもあり本ドラフト6人中5人を高校生で占めるドラフトになりました。

終了後の評価は「王者のドラフト」「余裕がある」という評価でしたが一回しくじりドラフトをすると数年後の歪みに繋がることが良く分かる年でもありました。


さていかがだったでしょうか、長々と振り返りましたがセリーグはやらかしが非常に目立ち、凶作年らしい弾け具合でした。

よくパリーグセリーグの力の差が指摘されますがこうして振り返ると、セリーグはドラフトのやらかし率がパリーグの比じゃないです。

パリーグも後に紹介する予定ですがパリーグはこの不作年でも1人は主戦力を見出し、育てる力を持っています。

DHがどうこう言う前にこの辺りを見直す姿勢をセリーグ全体で持って欲しいと個人的には思いました。


以上となります。
長くなりましたが閲覧ありがとうございました。